論理は感情に勝てなかったのか?外資系コンサル営業が国内生保「GNP営業」の牙城を崩せなかった理由
- ほけんイージー編集部

- 17 時間前
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1980年代後半、日本の生命保険市場に黒船が来航しました。プルデンシャル生命などに代表される外資系生命保険会社が持ち込んだ「論理的なコンサルティング営業」です。
顧客のライフプランを綿密にヒアリングし、万が一の際の不足額を合理的に算出して必要な保障だけを提案する。この「ニードセールス」と呼ばれる手法は、当時の日本市場に強烈なインパクトを与えました。多くの業界関係者が「いずれ日本の非合理な保険営業は、この洗練された手法に駆逐されるだろう」と思われていました。
しかし、現在に至るまでの結果を見れば、その予測は半分外れたと言わざるを得ません。外資系生保は富裕層やリテラシーの高い層で一定の地位を確立したものの、マス市場全体をひっくり返すには至りませんでした。
なぜ、高度で顧客本位に見える「論理」は、伝統的な国内生保が展開する「GNP(義理・人情・プレゼント)営業」という「感情」の壁を越えられなかったのでしょうか。その勝敗を分けた構造的な要因を紐解きます。
「究極の無形商材」における購買心理の非合理性
最大の障壁は、生命保険という商品が持つ特殊性と、人間の心理の非合理性にありました。
生命保険は「死」や「重病」という、誰もが直視したくないリスクを扱う究極の無形商材です。論理的なコンサルティングは、「あなたに万が一のことがあれば、家族の生活費がこれだけ不足する」という冷酷な現実(ファクト)を突きつけます。
しかし、多くの消費者はこの「正論の痛み」に耐えられません。複雑な金融商品を論理的に比較検討する労力を嫌い、最終的には「計算上の完璧な保障」よりも、「何度も足を運んでくれる、よく知っている〇〇さんが言うなら大丈夫だろう」という「感情的な拠り所(心理的安全性)」を優先してしまいます。GNP営業は、この消費者の心理的ハードルを下げる上で、極めて理にかなったアプローチだったのです。
「点」の論理と「面」の感情が激突した物理的格差
2つ目の理由は、顧客との接点における圧倒的な「物理的カバレッジ」の差です。
1対1の深いヒアリングを要するコンサルティング営業は、どれほど優秀な営業担当者であっても1日に会える人数(点)に限界があります。一方、国内生保のGNP営業は、企業のオフィスや工場という「職域」に深く入り込み、昼休みに大量のアメやノベルティを配りながら一気に多人数(面)にアプローチします。
生命保険協会の統計を見ても、日本の生命保険会社の営業職員数は長年23万人〜25万人規模で推移しており、その大半を伝統的国内生保が占めています。数千人のプロフェッショナルが展開する「論理」は、二十数万人による「人海戦術」という圧倒的なリーチ数の前に、マス市場を制圧することが物理的に不可能でした。
既得権益という名の巨大な城壁
さらに、職域マーケットにおける「団体扱(給与天引き)」という強固なシステムが、コンサル営業の前に立ちはだかりました。
国内生保は長年にわたり、日本中の企業と強固なB to B to Cのパイプを築き上げてきました。特定の保険会社だけが企業内に出入りできるという参入障壁に加え、給与天引きという仕組みは解約率を劇的に下げるロックイン効果を持っています。個人への紹介営業(リファラル)を主軸とする外資系コンサル営業にとって、この法人ルートの既得権益はあまりにも巨大な城壁でした。
「武装したGNP」の誕生が決定打に
そして勝敗の決定打となったのは、国内生保がただ座してシェアを奪われていたわけではなかったという事実です。彼らは外資系の「論理」の表層を見事に吸収し、ハイブリッド化を遂げました。
国内生保はいち早く数十万人規模の営業職員にタブレット端末を配布し、画面上で「ライフプランニング風」のシミュレーションを見せる手法を標準化しました。高度なコンサルティングスキルがなくても、システムが綺麗なグラフを描き出してくれます。
これにより、消費者は「愛嬌のあるいつもの担当者(GNP)」から「論理的なデータ(ITツール)」を見せられることになります。結果として、「感情」に「最低限の論理」が備わったことで消費者は十分に満足してしまい、外資系コンサル営業の絶対的な優位性は大きく薄れることとなりました。
論理的なコンサルティング営業は、間違いなく日本の保険業界のレベルを引き上げ、顧客本位の提案という概念を定着させました。しかし、市場の覇権を握るという点においては、伝統的なGNP営業の前に屈したと言えます。
AIとデジタル台頭がもたらす「第三の波」と新たな主戦場
これまで見てきたように、「外資系の論理」と「国内生保の感情(GNP)」の戦いは、国内生保が論理をシステムとして取り込む(武装化する)ことで一旦の決着を見ました。しかし現在、テクノロジーの劇的な進化によって、この業界には「第三の波」が押し寄せています。
◆AIによる「論理のコモディティ化」
ネット生保の台頭とAI(人工知能)の進化は、かつて外資系が武器とした「論理的なコンサルティング」の価値を根底から変えつつあります。
現在では、スマートフォンに年齢や家族構成、収入を入力するだけで、AIが瞬時に「最適な必要保障額」を算出し、最も合理的な商品を提示してくれます。つまり、かつてプロフェッショナルな人間が時間をかけて行っていた「論理的な計算と提案」は、誰もが無料でアクセスできるインフラ(コモディティ)へと変貌したのです。純粋な「論理の提供」だけでは、もはや人間の営業担当者の介在価値を証明することは困難になっています。
◆GNP営業の崩壊と「検索」へのシフト
一方で、勝者であったはずの伝統的なGNP営業もまた、かつてない危機に瀕しています。
リモートワークの普及やコンプライアンスの厳格化により、最大の牙城であった「企業のオフィスへの自由な出入り(職域営業)」は急速に制限されています。さらに、若年層を中心に「義理や付き合い」で金融商品を買う文化自体が薄れ、消費者は自らの課題を検索エンジンに入力し、自発的に情報を探すようになりました。足で稼ぐ人海戦術の威力が、物理的にも心理的にも通用しなくなっているのです。
◆Webマーケティングと「リスクマネジメント」の融合
では、これからの時代の生保営業はどうなるのでしょうか。それは「論理」と「感情」の二項対立を越えた、新しい次元での統合にあります。
一つは、デジタル空間における接点の構築です。もはや昼休みの食堂で待ち伏せするのではなく、顧客が自らのリスクに気づき、解決策を求めて検索行動を起こしたその瞬間に、最適化されたWebサイトやコンテンツを通じて的確なアンサーを提示するアプローチが不可欠です。検索意図を捉えた良質な情報発信こそが、現代における最も強力な「集客の仕組み」となります。
そしてもう一つは、人間の役割の高度化です。AIが保険の計算を代替するなら、人間の担当者は単なる「保険の売り手」から脱却し、法人の事業継続や個人のライフステージ全体を見渡す、より高度な「リスクマネジメントのコンサルタント」へと進化する必要があります。
AIが弾き出す合理的なデータ(論理)をベースにしつつ、Webという強力なチャネルを通じて顧客の能動的なニーズを捉え、最終的には人間ならではの深い洞察を用いたリスクマネジメントで信頼(新たな感情的つながり)を構築する。このテクノロジーと高度な専門性を融合させたアプローチこそが、旧態依然とした業界の地図を塗り替える、次世代のスタンダードになっていくはずです。



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